開放感のある、ゆったりとした時間が流れる街
建築家として、2017年から始まった京都市美術館の改修に携わりました。京都市京セラ美術館の館長に就任したのは、リニューアルオープンの1年前にあたる、2019年4月のことです。
ただ、私と京都市美術館との出合いは、実は小学生時代に遡ります。大阪に住んでいた時に、京都市美術館を訪れました。まさに「美の殿堂」、重厚感あふれる空間に初めて足を踏み入れたわけですが、重厚さって、子どもにとってはネガティブな印象につながってしまうものなんですね。「暗くて怖い」と感じたことを今も覚えています。
大人になって、あらためて岡崎という街を訪れて抱いた印象は、“時間の流れがゆっくりと感じられる場所”。京都市の中心部は町家などが建ち並び、密度の高い風景が続きます。一方、岡崎には広場のような空間があって、同じ京都市とは思えないような、開放的な雰囲気だなと感じました。
“回遊性”をプラスすれば、より魅力的なエリアに
かつて岡崎では、1895(明治28)年の第4回内国勧業博覧会をはじめ、明治から昭和にかけてさまざまな博覧会が開催されてきました。多くの人が足を運び、いろいろなものを見たり、楽しんだりしてきた場所なんですね。私はそれこそが、明治以降の岡崎のDNAだと思っています。現在も多種多様な施設があり、それぞれにおいて人々が何かを見て楽しんでいます。そういう意味では、そのDNAは受け継がれているといえるでしょう。
そんな岡崎エリアを見て、ぜひプラスしたいと感じたのは、回遊性です。たとえば、一つの施設に目的を持って訪れた方が、その後、いくつもの施設を巡るというケースは意外と少ないのではないでしょうか。その思いは、京都市京セラ美術館に反映させています。誰もが無料で、美術館の中を通って、神宮道から岡崎通りへ、あるいは岡崎通りから神宮道へ、通り抜けることのできる経路を作りました。単なる経路ではなく、「通るだけで楽しめる道」であり、「通ってみたいと思ってもらえる道」です。
具体的にはまず、再整備前には閉じていた東エントランスを開放しました。B1階に新設したメインエントランスから入って、1階の中央ホールを通り、そのまま東エントランスから外に出ることができます。もちろん逆も可能。メインエントランスのロビーに誕生したショップやカフェにも、中央ホールから自然光が降り注ぐ「光の広間」にも立ち寄ることができるので、普通の道を通るよりも断然楽しいはずです。さらに東エントランスを出ると、これまでその存在を知らなかった方も多いと思われる、日本庭園が広がっています。日本庭園を眺めながら東へ進むと、岡崎通りに抜けることができます。
現在は新型コロナ対策の一環として、残念ながら東エントランスから入ることはできなくなっていますが、当館が真の回遊性を発揮する日を心待ちにしています
岡崎全体の中で、“居場所”としての役割を担いたい
私が当館の館長を引き受けることを決めたのは、建物というハードと、それをどう使うのかというソフトは、表裏一体だと考えているからです。建築家と館長、立場は異なりますが、見ているものは同じ。ここでどのようなことをするのかということを想像しなければ、ハードを作ることはできないんです。
その2つの視点から目指したのは、岡崎全体の中で当館が、特に目的がなくてもふらっと訪れることができ、ゆっくりと過ごせる“居場所”となることです。リニューアルオープン後の入場者数を分析すると、有料である展示室に入った人の割合は約半数にとどまっていることがわかりました。つまり残り半数は、カフェでお茶をしただけだったり、ショップを覗いいただけだったり、中庭を散歩しただけだったりするということですよね。現時点ですでに、狙った通りの場所になりつつあるのかなと感じています。
現在、岡崎通りと琵琶湖疏水に面したところにある洋館・桜水館では、レストランへと生まれ変わるべく、改修工事がスタートしました。新型コロナが収束すれば、前述した東エントランスからの経路はもちろん、新館・東山キューブの東側にある外側の階段から東山キューブ2階のテラスに上がり、そこから館内に入って、中央ホールを見渡しながら降りてくるという、もう一つの経路も行き来できるようになり、もっともっと開かれた場所となることでしょう。美術館ですから、展覧会に来ていただきたいという思いはあるのですが、たまたまその時に開催されている展覧会に興味がない人でも自然と足が向くような“居場所”になれればうれしいですね。
すべての人にとって居心地のよい美術館を目指して
岡崎では、2020年12月3日から18日間、文化庁委託事業『令和2年度障害者による文化芸術活動推進事業』として、美術館、劇場、図書館、動物園などの施設において、障害の有無にかかわらず、触ったり、音を聴いたり、想像したりすることを通じてつながり合うことを目的としたプログラム『CONNECT⇄~芸術・身体・デザインをひらく~ 』が展開されました。岡崎の諸施設の連携の機会となったわけですが、この地のDNAを受け継ぎ、もっと当たり前に、単発の連動イベントがどんどん繰り広げられるようになればいいなと思っています。 その中で当館は、もっと周囲と地続きの場所になりたい。美術館というものの敷居を、もっともっと低くしたいという思いがあります。皆さんの使っている家具も器も服も、アートです。箸一つ、ハンカチ一つとっても、お気に入りのものを選びますよね。芸術に囲まれ、それらに気を配って生活している皆さんの日常と、美術館を訪れることとは、大きくは違わないんです。そうした人々が暮らす日本において、美術館が一線を引いた存在であることは不自然ですし、もったいないなと感じています。
たとえば、障害のある方や小さなお子さんが、鑑賞する時に床に寝そべってしまってもいい。もしかしたら、「寝そべって観るのが最高」という作品があるかもしれませんよね。また、ゆくゆくは2階の談話室で子どもたちを対象にしたワークショップなどを開催する予定ですが、館内にその子たちの笑い声が響き渡る瞬間があってもいい。個人的には、“好きな格好で観ましょう”、“おしゃべりしながら観ましょう”っていう日を設けたいなあと考えています。
すべての人々に、“観させていただく”という意識をもたせることのない、真に開かれた美術館へと変化を遂げることが目下の目標。その実現こそが、岡崎エリアのアピールと、さらなる活性化につながると信じています。